『 月がとってもまるいから


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 真夜中のビルの一室に、ジリジリとけたたましいベルの音が静かに響き渡る。しかしそこは爪の先ほども人の気配の感じられない無人の部屋。出る者がいるわけもなく、月の光で鈍く光る黒のボディーを震わせて、少し古めの電話は絶えることなくそのベルを鳴らし続けるしかなかった。

   ジリリリン! ジリリリン! ジリッリン…

「…もしもし?」
 相手が諦めるまでなり続けるしかなかったはずのベルが途切れ、闇の中で不機嫌そうな声がお決まりの言葉を受話器に向かってつぶやいた。
『あ、出た』
 思わずなのか、受話器の向こうで跳ねる様な軽い声が笑った。
「『あ、出た』やないですよ。いったい今何時やと思てるんですか…。営業時間はとうにすぎてるでしょ?」
 商売人気質のぶっきらぼうな声が笑う相手を叱咤して、大きな欠伸を一つ噛み殺した。
『すみません。失礼なのは重々承知してます。でも、今どうしても頼みたいことがありまして…』
 本当にすまなそうに謝る相手に、しょうがないなと商売人は溜息を一つ落とした。
「で、一体うちになんの御用で?」
『そちらは“青空宅配便”さんですよね?』
 確かめるような問いかけに、商売人は目の前に見えた社名入りのダンボール箱を眺めて頷いた。
「…えぇ、確かにそうですね」
『実は、荷物のお届けをお願いしたいのです』
 それを聞くと、商売人はいつも社長がしているように、机の上に置いてあったメモを引き寄せてペンをとった。いつでも大切な事を聴き逃さないように……ここにいるうちに身に付いてしまった癖のようなものだった。
「はいはい。で、送り先は?」
『太陽系第六惑星の土星の輪までです』
 聴いた瞬間、握っていたペンがぽとりと手から滑り落ちた。
「……」
『あのぉ~…』
「……」
『…もしもし?』
 二度目の問いかけにピクリと肩を震わせると、商売人は見えるはずもない相手に向かってにっこりと満面の笑みを湛えて一言いった。
「無理」

   チン…

 受話器を置いたと同時に溜息が口をついてこぼれる。
「…満月やからなぁ…。きっとこんな夜もあるやろ」
 デスクの上に降り注ぐ穏やかな光に目を細めながら、商売人はゆらりと自慢の長いしっぽを揺らして微笑んだ。



_END [ 2004/07/17 茶々紅 ]


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