『 電脳水族館 - After story - 』



  目の前に広がる快晴の空を映す広い水たまりに目を細めた。あまりにまぶし過ぎる青。あの人が、俺にくれた一生の贈り物。三年前までは二人で見ていた景色を、今は一人で見つめている。それは酷く切なくて、何よりも心が落ち着く時間でもあった。
「……あれからもう、三年も経ったんだね……」
 誰にいうでもなく言葉を紡ぐ。否、誰も言う相手がいないんだ。
「あの人がいなくなって、俺ももう人の歳で言えば十六か」
 空を見上げる視線の先に、昔よりも大きくなった自分の両手をかざしてみた。太陽の光に透けて生きる人の色に輝く両手をじっと見つめてから、そっと瞳を閉じる。
―― そう、見た目だけなら。
「…見た目だけなら、俺は人間と変わらない十六歳なのに……」
「うすうす、気づいていたみたいだな」
 つぶやいて薄い笑み浮かべた背後から、聞いたことはないのになぜか懐かしい感覚に襲われる声がかった。
 ゆっくりと振り返った先には、短髪の丸いサングラスをかけた男の人が一人。古ぼけたジーパンのポケットに両手をつっこんで立っていた。
「なっ…なんで…」
 はっきり言って驚いた。何にって、彼がいるということそれ全てに。
 そんな俺の心でも読んだのか、男がニヤリと口の端を上げて笑う。
「自分以外の人間に話しかけられて、心底驚いたって顔してるな」
「それは……」
 そうだろう。あの人がいなくなってから、ずっと誰もいることのないこの世界をたった一人で生きてきたのだから。
「ま、無理もないか。ずっとこのちっこい島であのじいさんが死んでからは一人っきりですごしてたんだもんな」
 まるで俺の心を読むようにつぶやくと、苦笑いを消してまっすぐに俺を見た。
「いつごろから気がついてた?」
「…館長さんが死んでからです。」
 真剣な彼の顔を見つめて、小さく自嘲の笑みを浮かべる。
「普通、一年間飲まず食わずで寝ない人間が、生きていられるわけないですよね?」
「一年間、ほんの少しも?」
 確かめるような問いかけに、ゆっくりと首を上下に動かした。
「ええ、ちっとも。でも、俺は今も生きている。こんなのって非常識すぎるでしょう?」
「確かに。人ではありえないことだ」
「人ではないものならばありえる。…ということですよね? 例えば……」
「全自動式機械人形」
「え?」
 感情のこもらない、棒読みの声が告げた言葉に思わず声を上げて首を傾げた。
「他の操作を必要とせず、搭載した人口知能から計算して自発的に行動することのできるロボット。それが全自動式機会人形。ただお前の場合は、そこに綿密な計算から作られた感情を作り出す回路がプラスされて、より人間らしい行動ができるようになった新型版だけどな」
 サラサラと流れるよな説明を、ぽかんとしながら聞いていた。
「オールオートマター。やたら長くて読みにくいから、当時はOOM(オーム)と呼ばれてたな。確か」
「オーム?」
<  なんだか本当に遠い昔のことなのに、ずっと先の未来の話をしているようで、軽い眩暈がする思いだった。
< 「だとすると、成長したのはなぜですか? ロボットって機械ですよね?でも俺は10歳の男子から16歳に成長した。これは?」
 自分が機械人形だろうということは、もうとっくの昔に気づいていた。それを確信することが出来なかった理由の一つに"身体的特徴の変化"があったのだ。
「入っている意識の精神的,身体的な成長と共に見た目も変化するよう作られているんだよ。その気になれば人ではないものにも軽くなれる。というか、むしろそっちの方が人として成長する過程をたどるよりも簡単だ」
 所詮機械は道具だからな。と告げる彼の表情が一瞬だけ曇ったのを、俺は見逃さなかった。
「あなたも…機械人形なんですか?」
 目の前に現れてから、ずっと気になっていたことを口にした。今なら、なんとなく聞けるんじゃないかという奇妙な自信がどこかにあった。
「俺は機械だな。人形というほど人の形なんてしてねぇよ」
「でも……」
「人の形してるって言いたいんだろ? でも残念ながらこの姿はお前とは違うんだな。これはただの立体映像。しかも、俺がホストーコンピューターに接続して勝手に作った想像の俺自身。なかなかかっこよく出来てるだろ?」
 そう言って口元だけで笑われても、他の人間を見たことがない俺には、彼がかっこいいという部類に入るのかどうかも良く分からない。
「……軽い冗談だよ。んな真剣に悩むな」
 知らず難しい顔でもしていたのだろう。真顔に戻った彼がサングラスを軽く上げながらため息をついた。どうしても彼のテンポになれなくて困惑してしまう。軽いノリとさっぱりとした話方。館長さんと話をするのとはまた違う調子の会話。おそらくきっとこれが、人として生き始めての最初で最後の歳の近い人との会話になるのだろう。
 そして、きっとこの人なら知っているはずだ。あの人のことを……。
「あのっ!!」
「んー?」
 思い切って話を切り出そうと声を出したら、思いのほか大きな声が出て自分自身で驚いた。それでもうるさそうにすることもなく、彼はサングラス越しに俺へと真っ直ぐな視線を向けてくれる。
「あの、俺のことそこまで知っているあなたなら……あの人のことも……俺を、ただの立体映像の魚から人間にしてくれた女性のことも知っていますか?」
「……知ってるよ」
 ほんの少しの間の後に紡がれた言葉に、俺は目を見開いて彼を見つめた。
「しかもすごくよく。お前が魚から人になったときも、ずっとそばで見てたからな。まあ、モニター越しではあったけれども」
「じゃあ……」
「あいつは神様じゃないぜ。ちなみに言えば、人間でもない。……いや、元人間だったと言った方が正しいか」
「元…人間? 人間じゃないのにですか?」
 あごに手をあてて考えながら話す彼にたずねれば、小さな苦笑を浮かべて頷く。
「あいつは、この惑星の全てを支えていた存在。爆発を起こしたエネルギー炉も含めて、全てのコンピューターを統括していたマザーコンピューターそのものだ」
「マザーコンピューター…」
 ああそうか。と、今まで感じていた疑問が解けた。だから、俺をただの立体映像から人型に変えることが出来たのかとか。だから、この惑星を"海"に包まれた惑星へ変えることができたのかとか。
「その人は今どうしてるんですか?」
 お礼が言いたかった。こんなちっぽけな自分と館長さんの幸せのためにそこまでやってくれたことに、ただ一言でも「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えたかった。
 しかし、そうたずねた彼の表情から一切の感情が消えるのを感じて、一気に胸の奥が冷たくなる。
「もしかして……」
「察しの通りだ。あいつはもう、どこにも存在しないよ」
「ど…して……」
 絞出すようにやっとそれだけ言った俺から視線をはずして、彼は青い海を見つめた。
「無理…しすぎたんだ。この惑星いっぱいにするほどの水を作り出すなんて……そんなことすれば、動力炉の爆発でダメージを受けた体じゃ無事でいられるわけないってわかってたのにな。あいつも、俺も……」
「そんな……じゃ、俺が……」
「お前のせいじゃねぇよ。あの、じいさんのせいでもねぇ」
 急激に襲ってきた後悔と苦しみに頭の奥がジンと痺れる。
 そんな俺の頭に、ないはずの彼の手の重みがぽんと乗った。
「これはあいつ自身の意志だ。あいつは、少しも後悔なんかしてなかったさ。一緒にお前らと海を見たかったって言ってたよ」
 熱をもってじんわりとかすむ視界に、海を見つめて笑みを浮かべる彼の横顔が映る。
「きっと…あいつも見たかったんだよ。もう一度だけ故郷の海を……」
「故郷の海? でも、あの人はこの惑星のマザーコンピューターじゃ……」
「言っただろ? "元人間"って。あいつは元は一人の人間だったんだよ。ただ病弱でね。そのまま生きていても長くはなかったんだそうだ」
「だから、機械人形に?」
 俺の問いかけに、視界の中の彼が左右に首を振る。
「いや。あいつの場合は体自体がダメだったんだ。だから、あいつという人格を司る頭の中身を取り出してそのままコンピューターに移植したんだよ。そのコンピューターがたまたまじいさんたちの惑星調査船だっただけ。じいさんたちはそれを知らずに、船のコンピューターをこの惑星で生きるための核となるコンピューターの元に使っただけにすぎない」
「だけど、そうすると俺たちが今動いているのはおかしくありませんか?」
 あの人がこの惑星の全ての核なら、どうして俺は今も動いていられるのだろうか。彼はどうして、立体映像として俺の目の前に存在しているのだろうか。
 あの人がいなくなってしまったならば、この惑星の機械は全て動かなくなるのではないのだろうか?
「おかしかないさ。核がダメになったときのための予備ぐらい用意してあるよ。全てを核任せにしていたら、もっと早くにダメになていただろうし。全コンピューターを一人で背負っていたら負荷が大き過ぎてしょうがねぇよ」
「そ、ですよね……」
 つかみかけたあの人の存在がすぐに消えて、俺は肩を落とした。
 そんな俺を励ますかのように、頭に乗っている彼の手がくしゃりと俺の頭をなでる。それがなんだかくすぐったくて小さく笑みを浮かべた。
「これからどうするんだ?」
 そっと消えた頭の重みを残念に思いつつ、広く青い海を見つめて深呼吸を一つする。目頭の辺りに溜まっていた熱が解放され、吹っ切れたように笑みを浮かべた。
「どうもしませんよ。俺が壊れるまで、ここでこうして生きていきますよ。それだけ……でしょう?」
「まあ、そうだな」
 ここで生きていく。俺の大切な家族がくれた最後の贈り物を毎日見つめて。誰もいなくとも、一人きりだなんて思わない。
「良かった…館長さんに出会えて。あの人に願いを叶えてもらって。立体映像の魚として生まれてこれて。人として館長さんと生活することができて。本当に良かった」
「…そうか。そりゃよかったな」
 隣から降った優しい声に、視線を向けずに何度もうなずいた。


 この美しい青を瞳に焼き付けて、目を閉じればいつでもここに立っていられるように、ずっとずっと見守っていこう。いつかきっと、俺が動きを止めるその日まで。



_END.


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